Dr Maryanne Loughry RSM (JRSオーストラリア、共同理事)

「私たちは、気候変動からくる有害な影響の絶え間ない恐怖の中で暮らしています。サンゴ環礁島の国にとって、海水面の上昇とより厳しい気候現象は、私たち全国民にとって増大する脅威として差し迫っています。その脅威は、現実的かつ深刻であり、それは、私たちに逆らうゆっくりと進行する形態のテロリズムとなんら違いはありません。」サウファトゥ・ソポアンガ ツバル共和国首相が第58回国連総会で語った言葉です。(2003年9月24日、ニューヨーク)

 2011年4月11日シドニー ―― 過去十年以上にわたって、「気候変動難民(climate change refugees)」という新しい言葉が政策担当者とメディアの辞書に入ってきました。干ばつや土地の劣化、あるいはサイクロンのような重大な気候現象、そういった環境的な要因により引き起こされる人の移動は、新しいことではありません。新しいのは、そうした重圧に対し被害を受けやすいと考えられる人たちの数であり、そのような人の移動が現在注目されているということです。au4
 JRS(イエズス会難民サービス)は日々の活動の中で、気候現象を含む多様な要因で退去させられた人たちに出会います。いくつかの場所では、気候現象が退去の主要な原因として言及されます。例えば、アチェ州において、他の場所でいえば、ダルフールやチャドにおいて、気候変動は、退去を説明する多くの要因の中の、十分に根拠あるもののひとつです。コフィ・アンナン氏は『静かなる危機の分析』という近年の報告書の中で、気候変動のために苦しんでいる数百万の人々、そしてそれが原因で追い立てられるか、あるいは永久に避難し続けなければならない数百万の人々について記述しました。国連難民高等弁務官のアントニオ・グテレス氏によると、紛争と自然環境と経済的要因による複合的影響のため、避難民をカテゴライズするのは難しくなってきているとのことです。

避難地図の作成
 アジア太平洋地区のJRSは、気候による強制避難の問題に従事することにかなりの比重をおいていると言えます。この地区のJRSの活動範囲には、毎年何百万という人々が洪水で避難させられるイワラジ川、メコン川そして黄河の広大なデルタ地帯のいずれもが含まれ、同様に、世界の大部分の小島嶼開発途上国が含まれます。これらのすべての場所の環境は、とりわけ海水面の上昇による被害をうけやすいと考えられています。過去数年来、JRSオーストラリアは、隣接する諸国における将来の避難を理解しようとしながら先手を打って、予想するための試みとして、東ティモールと太平洋の避難地図作りをしてきました。この活動は、ニュージーランドや他の太平洋諸国との関わりを深め、JRSを亡命希望者や1951年の条約難民に優先的に焦点を当てることから引き離しました。
 2009年5月に、JRSはニューサウスウェールズ大学准教授で国際弁護士のジェーン・マカダム氏と共にキリバスとツバルを訪れました。私たちは長年にわたりこの地域の強制移住について研究してきたので、太平洋における人々の移動に関する気候の影響を調査し、これらの人々が自分たちの状況をいかに特徴づけ、未来をどう見ているのか聞きたくなったのです。

沈む島
 ツバルとキリバスという小島の国家は太平洋に位置しており、もしこれからの数十年で予想されたとおり海水面が上昇するなら、消滅する危険性が最も大きい2国としてしばしば言及されています。これらかつての英国植民地は赤道をまたいでおり、以前はギルバート・エリス島として知られていました。彼らはほんの30年ほど前に独立し、メディアの報道によって今世紀半ばには住めなくなる沈む島として特徴づけられてきました。メディアは、この国の人々は世界で初めての「気候難民」になると報じています。キリバスの人口は約10万人で、ほんの1万人で構成されているツバルは、バチカンを除いて、世界で最も小さい国です。
 気候変動は明白に、平均海抜2m足らずのこれら低地のサンゴ礁島に影響を与えています。中央キリバスのタラワ環礁の主要道路を車でドライブすると、私たちはしばしば、一方にサンゴ礁を見、他方に海を見ることができました。環境の傷つきやすさの感じは明らかであり、脆弱性は、サイクロンもしくは超大潮などの大きな気候現象が発生した時、ますます深刻化します。

消えていく関心
 話によると、キリバスとツバルで10年前、気候変動に関係する集会にはどんなものであれ、多くの群集が集まりましたが、近年において関心は下火になったそうで、私たちは大変驚きました。人々はグローバル温暖化と気候変動という概念に親しみau5を持っていることを話しましたが、これらが彼らの将来にどんな影響を与えるかについて、はっきりとしたことはわからないと認めました。多くの人は気候変動の背後にある科学的知識を極めてわずかしか持っておらず、大多数の人がそうであるように、専門家の常に変わる予測に困惑しました。年配の方々によれば、より教育を受けた人たちは、他の人たちよりもこの問題について関心を持っており、一方でサンゴ礁の外に住む人々、つまりメディアや地域の教育に触れることがほとんどない人たちはあまり困っていないとのことです。生き残りのために海と陸に依存している人々は、変動する気候とそれを乗り切る方法を熟知していたのです。
 人々は自分自身の人生の中でかつて見た変化、沈没した沿岸地帯、塩気を増していく飲料水、倒れていくココナツの木、について話しました。稼ぎ手の人たちは、食べ物のために陸や海だけに頼っている困難さゆえに、高齢者と大家族を養うためにより一層多くの重圧に直面しました。多くの人々は信仰に基づいて、神様がノアにこれ以上洪水は起こらないと約束し、そしてこの約束を現在まで守り続けていると信頼しています。
 意識レベルに関係なく、両国の多くの住民は、将来の万が一の場合の計画を作っていると言いました。これらの計画は若者に焦点を置いたもので、通説では、若者の多くは、教育や仕事のためにフィジーやニュージーランドあるいはオーストラリアに移る必要があるだろうということです。伝統的にツバル人やキリバス人は、誇るべきかつ文化的にふさわしい職業として海中農業に取り組んで、海外へ出ていきました。現今では、オーストラリアやニュージーランドにおける看護師や介護士そして調理師の需要は認められ、移住という選択肢を容易にさせており、従って十分な給与が保証されていますので、残された家族にその一部を送金することができます。

難民ラベルの拒絶
 同じ問題に直面している一方で、ツバルとキリバスは気候変動に関連するその取り組みと重圧において同じではありませんでした。それにもかかわらず、両国において私たちが発見したことは、政治および社会の両方のレベルで、難民のラベルが全面的に拒絶されたことです。彼らにとって難民という呼び名は、無力感と尊厳の欠如を引き起こし、自分自身の強い誇りに矛盾しているので、侮辱的なのです。ある人たちはまた、難民であることは自分たち自身の政府に対して反対意見を要求することであると感じており、彼らはこのことを示すことを望んでいませんでした。
 これらの人々は、人種や宗教、国籍、政治的理念または特定の社会団体のメンバーであるという理由で迫害されるという十分に根拠のある恐怖に直面しておらず、また彼らは祖国の外にいるわけでもなく、政府が彼らを守ることができないあるいはそれを望んでいないわけでもないので、法律的には彼らを難民と呼ぶのが不正確だったことを気づかされました。それでもなお、私たちはキリバスとツバルの人々がいかに強く「難民」というラベルを拒絶しているかに驚きました。彼らはJRSが難民について知っている強靭さや回復力を分かっていませんでした。むしろ彼らは望まれていない過剰な人間で、彼らはテントに入れない危険な状態にあるものとして、重荷であるように見られることを恐れていました。グローバルメディアがしばしば示すそのような難民の記述はこれらの遠い海岸にも届いていたのです。

気候変動だけではない
 低地の環礁における気候変動の影響は過小評価されてはなりません。これらの小国家は将来大変大きな課題を抱えます。しau6かし、訪問している間に、私たちは気候変動のみに焦点を置くことは他の社会的な変化を覆い隠すという危険に気づきました。これらも合わせて、住民が環礁に居残るかまたは他の地へ移住するかという行動はもっと現実的な印象を与えます。このような取り上げ方は、以前からある社会的経済的かつ環境的な重圧を悪化させる転換点として気候変動の深刻さを認めます。国際的に脚光を浴びている中で、どうすればこれらの問題をよりよく概念化し、住民に意味のある選択肢を見つけさせられるかは、依然として非常に大きなチャレンジです。国際社会が気候変動の現実について討議する一方で、難民であろうとなかろうと、人々が常に減退していく環境の中で生き残りの闘いをしなくてもいいよう保証するためには、保護メカニズムの導入が必要です。